オークス(優駿牝馬)2020 回顧

苦しい競馬の経験が、揉まれたことのない馬の、無敗馬の死角を全て覆い隠すことになった。

ミスオンワードというシンザン誕生以前に活躍した名牝の名が再度登場したのと同じことが、13年前の東京2400でも起こっていた。

ライバルに屈服した桜花賞を糧に、ダービーで直線を突き抜けたのは、タニノギムレットの娘であるウオッカだった。

その時名が登場したクリフジもまた、無傷でダービーも菊花賞も、秋の阪神で行われた優駿牝馬競走を制した顕彰馬だった。

タニノギムレットに敗れたシンボリクリスエスは、その11年後にダービーを勝てる馬としてエピファネイアを送り出したが、武豊の返り討ちに遭う。

またそれから7年が経った。

キズナに敗れたのがエピファネイア。キズナの初年度産駒が大活躍する中、桜花賞が産駒の初重賞制覇だった。

言わずもがな、ミスオンワード以来の無傷の二冠を果たすデアリングタクトである。

祖母はエピファネイアの母シーザリオと強烈にマイルで輝いたラインクラフトの次に位置したデアリングハート。

運命は複雑に絡み合い、今一番熱い男・松山弘平を背に、シーザリオばりの苦しい立ち回りを、祖母と似たような経験の積み重ね方で、今度はデアリングタクトに感謝する鞍上の姿がいた。

シーザリオとエピファネイアの主戦である福永騎手は、無事、一昨年のダービーを制し、運命の馬・コントレイルと共に、それぞれ2度目のクラシック制覇を目指す道へと歩を進めている。

楽に行き過ぎたスマイルカナは、悲しいかな、完璧に流れに乗りすぎて、レースと関係のないところでペースメイキングするに至った。

10Fでも長いという馬なのだろうが、秋華賞ならば期待できる。

今週も松山騎手が苦しみを力に変えたように、違う形で圧が掛かるダービーもオークスも勝っている横山典弘騎手は、ほぼ、スタート後のポジショニングにおいて、自身の経験値と確かなペース判断で、九分九厘行けると思っただろう。

直線も思われているよりは左回り適性のあるウインマリリンである。

理想の競馬で、前走より遥かに楽な展開、天候も味方にしたが、エピファネイアやシンボリクリスエス、シーザリオに敗れたエアメサイアのように、うまくいった流れを勝ちに繋げられなかった。

ウオッカに完敗のアサクサキングスもそう。

しかし、彼らの秋は思われているよりずっとも明るいのだ。

武史騎手のGⅠ制覇が見えてきた。

デゼルはレース以外はほぼ計算内で収まったし、リアアメリアもペースがおかしくなりすぎた阪神マイルを経て、通常通りの競馬をして見せ場作り。

しかし、一瞬勝利も掠めたようなウインマイティーの本質的な距離適性が上回った。

本来はウインウインの競馬だったが、マイネル軍団はいつも、あと一歩のところで強烈な刺客に足を掬われる。

日高に流れが来ているのは確かだが…。

松山騎手は恐縮していたが、何も誤った進路選択などしていない。

GⅠを戦った強み、自身の現状における正確な戦況判断、何よりも勝負強く引きも素晴らしい。

もっと若かったなら、馬の勝ち気に負けて、強い返し馬をしていたかもしれない。

でも、最初からデアリングタクトという馬は、レースで暴走するようなことはないようにと、しっかりと松山騎手に教え込まれていたわけで、馬込みもやや怖がるというような言い方もしていたから、ああいう差し後れ必至の流れになるのも仕方がない。

しかし、彼は確信していたはずだ。

直線で使える脚が全く他の馬と違う、ということを。

運を持っている馬でないと、その昔のダービー、オークスは馬込みも捌けず、何もできないまま終わることがあるとされた。

それは18頭立てでも変わらないだろうが、待ったからこそ、直線半ばで進路ができたのである。

こういう運を手繰り寄せるのは、先週のようなナイスファイトがあるからであり、デアリングタクトに対する親身に接する姿勢も然り。

これが当然と思えるようになった時、次の違う壁にぶつかるが、それはこうした大舞台以外では見つからない。

冷静に判断して、横山騎手との立場の違いを理解すれば、松山弘平は引退する時に、みんなに愛される名手として、四位騎手のように送り出されることだろう。