セントサイモン系の特徴

前述のハンプトンと同時期の出生ながら、競走馬として頂点を極めた名馬がセントサイモンです。
19世紀の最後の方に、ダービー<英>勝ち馬のガロピンの産駒としてイギリスでデビューすると、とりあえず出たレースは勝つという活躍で、公式には9戦、非公式レースを含めると10戦、どちらにしても全勝の記録を残し、傍流系統に成り下がっていたキングファーガス直系の名誉を100年振りに復活させ、ダイヤモンドジュビリーという英三冠馬などを送り込み、その血はあっという間に血統図に取り込まれていきました。

キングファーガスの父であるエクリプスには、もう一頭、ポテイトーズという後継種牡馬がいて、主流はこちら。
ハンプトンを含め、これまで解説の5種・11回にわたる分類上では、そのポテイトーズの直系子孫のみを扱ってきたことになります。

セントサイモンはその直仔から、

  • ・ダイヤモンドジュビリーの全兄であるパーシモン
  • ・日本でよく走る馬を出した系統の大元であるチョーサー
  • ・現状唯一の生き残り系統ラブレー

という3系統を残し、20世紀の前半までは世界の中心に鎮座する主要系統を形成。
ただ、狂気的な才能に加えて、同種の取り込みも活発に行うことで、あっという間に衰退してしまいます。

その間に、スピード豊かな違うポテイトーズ系の子孫が繁栄を遂げ、ついに、キングファーガス系のにとり最後の砦であるセントサイモン系の終末が見えてきたのが、つい最近という話なのです。
気性で距離の幅が制限され、身体能力の高さもその欠点により活かし切れず、スピード豊かな馬を多く出さない本流の弱点が、急ブレーキの最大要因であったように思います。
よって、昔話が増えますが、日本の名馬を紹介する流れで、先述の系統を解説していきます。

リボー<セントサイモン系最高の競走馬/ラブレー直系>

セントサイモンから細かに様々な系統を組み合わせていった結果、二度の大戦を経た後誕生のリボーは、後述するネアルコと同じフェデリコ・テシオというイタリアの天才生産者により配合された馬で、欧州圏で計16戦して、凱旋門賞連覇などの偉業を含め、無敗で引退。
ダービー<英>以外の主要レースは勝っており、その産駒も肝心のダービーを除けば大体勝利。
ただ、後半は北米圏へ転じて、トムロルフが米クラシックを制し、孫の世代からリボーと同じような戦績のアレッジドが登場して、凱旋門賞を連覇。
この系統はどこにでも取り込まれているので、リボー系の衰退は感じさせませんが、重厚すぎるためか直系の存続はままならない状況です。
究極の底力を得るか、ポンコツの逆噴射マシーンと化すか、競馬の本質そのものが、リボーの子孫には伝わっていく中で、効率化が重視されたここ数十年で、需要がなくなっていったことは間違いありません。。

プリンスキロ<北米血統として大成/パーシモン直系>

プリンスキロは大戦中の戦火に巻き込まれ死んだ名馬・プリンスローズの仔で、自身はアイルランド産。
ただ、アメリカで競走生活を送ったので、セントサイモン系としては戦後生まれのリボーに先んじて、この血統を発展させた功労者です。
今はともかく、当時とすれば速い方の部類で、インディチャンプの母母父である直系のメドウレイクは早熟のスプリンターでした。
プリンスローズの直系では他に、カブラヤオーやメジロパーマーらが逃げて大レースを勝っていることからも、当時は通用のイメージが先行する系統で、ラウンドテーブルという40勝以上挙げた名馬を出したプリンスキロが、パーシモン系のリーダーとなっています。

シンザン<世界的には傍流もヒンドスタンが大成功/チョーサー直系>

このラインは、チョーサーの曾孫であるボワルセルが中興の祖として、この系統を取りまとめるポジションにあります。
中でも、ボワルセル直仔のヒンドスタンが、日本に輸入されて大ヒット。
ヒンドスタン自身は愛ダービー馬で十分に名馬でしたが、自身が15歳の時に誕生したシンザンが、戦後初の日本の三冠馬になり、当時のGⅠ級レースを完全制覇。
これと前後して主要レースを産駒が制したことで、サンデーサイレンス以前の種牡馬の記録はヒンドスタン、日本のホースマンはまずシンザンを超えろが合言葉になり、東京オリンピックの裏で競馬界も大盛り上がりとなりました。
この血も、時代に合わない重厚さが仇となり、20世紀中にほぼ絶滅。

シンザンの三冠から56年が経ち、三冠馬の仔から三冠ロードを突っ走るサンデーサイレンスの孫が登場するというのは、偶然ではないのでしょう。
本来、2020年は二度目の東京オリンピックが開催される予定だったのですから。