天皇賞(春)2020 回顧

今年も激闘になったが、キセキの先行により、素晴らしい叩き合いのレースに展開。

底力でねじ伏せたフィエールマンは文句なしだが、日経賞で距離の目途を立てたスティッフェリオと有力馬の中団以降のグループで最も先に仕掛けたミッキースワローも、まだまだ伸びしろがあることを示すような直線の反応で、大いに抵抗して見せた。

最初はキセキは半信半疑の武豊騎手であるから、音無厩舎の2頭が適性面で本質同等の2頭がうまくリードしてくれたところまでは、ほぼ全て思い描いた通りの展開だったのではないだろうか。

正面で行くことも、そこから後続にリードを広げて、幾らかスタミナに不安のある気性的な特性から、どれだけ我慢できるかという勝負に出るところまでは青写真通りだった。

祖父ジャングルポケットのような仕草を覗かせるミッキースワローは、どんなになだめてもダメなところがある。

しかし、仕掛けのタイミングをまず間違えることのない横山騎手であるから、フィエールマンを目標に動き出しをイメージしやすい展開に持ち込むことは、思っていたよりもずっとイージーライドだったように思う。

しかし、キセキが先頭に変わっても消耗戦にはならなかった。

音無勢の2騎が作ったリズムをずっと変えなかったからである。

キセキも自信を持ってグイグイ行くこともないとして、流れに身を委ねたが、それに最もフィットしたのが、最後までナイスファイトする北村友一騎手とスティッフェリオ。

全てにおいて、完璧な伏兵の競馬であった。

それでも、強い馬が来るのがこの競馬。

常識的に抑えが効く形を覚えた日経賞組に、気性面でこちらもキセキのようにまだ怪しい面を抱えるモズベッロだけは不発だったが、極めて正当な戦い方で、距離不安のない西の前哨戦組を完封したのだ。

困った時は日経賞組。案外、この役に立たなさそうな格言が、最後に効くことがある。

しかしだ。伏兵陣が皆、本質的にちょっと長いということを踏まえてなのか、ノリジョッキーが展開を正確に読み切った動きを坂の手前でしたにも拘らず、スティッフェリオとミッキースワローだけのレースになって不思議ではなかったところで、一気に真打ち登場の流れを作ってしまったフィエールマンとルメール騎手には、正直、驚かされた。

スティッフェリオに並びかけた時点で、日本の根幹距離GⅠにおける血統的な優先度の絶対性を考えても、この展開ならディープで前年覇者が圧倒的有利のゴール通過、だろうとは考えたが、ここまで仕掛けを遅らせて、本当に怖いのキセキだけということだけを考えたような乗り方は、ここ2カ月まともに大レースに参加していないルメール騎手だから、尚の事素晴らしい。

名手たちも伏兵陣も、やるべきことはしたし、走りそうな馬はみんな駆けた。

ただ一頭、次元が違っただけではなく、最も楽にレースを作ってしまったのが、フィエールマンとルメール騎手だったのである。

直線のあの脚は、父が内ラチ沿いを独走した時のようで、マヤノトップガンやその前年のサクラローレルのようにも映ったが、時計が1秒ほど違うのに、昨年と同じ脚で今年は差し切り。

全てお見通しという、熟達の名騎手が繰り出した奥義を、あっさりと体得したのも驚き。

この作戦。

太目残りではなく、牝馬でもよくある、古馬になるとフォルムが変化して丸くなるという本質面が出てきてのもので、あの有馬記念の結果はルメール騎手自身がよく知っているはずだから、体重ではなく、見た目の変化に対応した策にも思えた。

直線まで溜めれば、いい脚をもっと使えるようになったのではないか。

凱旋門賞に使えるだろうか。JCにも出たいところ。

宝塚記念はどうするのか。

お釣り残しの連覇など、この春の天皇賞には全くなかったことだが、連覇しておきながら、これが10戦目。

皆が感じている競馬のイメージよりもはるかに楽に、この天才はとんでもない偉業を成し遂げてしまった。

引退時期さえ見えない、本物エースになろうとしているフィエールマンの躍進は、ここから始まるのである。